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September 17, 2007

けむたいんだよな、禁煙車。

http://www.mainichi-msn.co.jp/shakai/wadai/news/20070917k0000m040146000c.html
 客待ちできるのは禁煙タクシーだけ…順天堂医院

非喫煙者にとって
たばこで汚染された空気を吸いながら移動するくらい
気分の悪いことはない。
健康でも勿論、病気なら尚更。

病気でも吸う人は吸うわけで
そういう人にあえて喫煙を禁止しても
ストレスになるだけなのだろうと思う。
ただ、公衆の場で吸ってくれるなと願うだけである。

私はよく東海道新幹線に乗るが、
切に願うのは
「喫煙列車」「禁煙列車」と
分けてほしいということである。
つまり車輌ごと喫煙か禁煙に
分けてほしいということ。
今の状況では
喫煙者と禁煙車の間のドアがパカパカ開くたびに
禁煙車に喫煙車の空気が流れ込み
非常に不愉快な気分になる。
禁煙車に乗った意味が半減し、
移動する気力が失せる。

嫌煙者は「喫煙列車」に乗らない。
乗らなければならない状況ならあきらめる。
「禁煙列車」に乗るなら、
どうぞ喫煙者のみなさんがあきらめて下さい。
そういうシステムに、してほしい。

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September 14, 2007

横浜市長 脅迫される

http://newsflash.nifty.com/news/ts/ts__kyodo_2007091401000628.htm
横浜市長を脅迫、市職員逮捕


長崎市長銃撃事件が頭をよぎる。

中田市長は、
G30という政策を打ち出し
横浜のゴミ問題を大きく前進させ
市営地下鉄"すべての座席が優先席"という
ユニークな福祉施策を打ち出すなど
その行動力と発想力、そして若さは
得がたいものがある。

一方で
福祉の切り捨てが進んだとか
机上の空論が多いとか
ワンマン市政だとか
中田市長の表向きの目指す方向性とは
まるで違う批判も出てきているのは確かである。

国の政治から、小学校のクラス会まで
人が人の上に立ち人を動かすことの難しさは
いずこも変わらない。
そこに不満と軋轢が生じるのも自然の流れであろう。

しかしその不満を解消するため
有言無言の圧力を加え、
刃を持ち出し、銃を突きつけ、
相手を身動きできないようにすることが
許される社会であってはならない。
権力者に刃向ける社会は
弱者には当然刃向ける社会であり、
何も自由に発言できない
黒雲たちこめる社会である。

歌がある。詩がある。手紙がある。投書がある。
人には言葉と自由がある。
あなたにも、私にも。

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September 12, 2007

「国なんて関係ねぇ!

はい、オッパッピー。」

ってテンションの、安倍総理辞任です。
体調が悪いなら、どうぞ入院してください。
入院して事務を他の者に任せて下さい。
それならそれで、周りが打てる手も色々あるだろうに。

いきなり辞めるな!!
どんな総理でも、総理は総理。
この国のトップです。
国内的にも国外的にも、トップのいない国なんて
国として機能しません。

国民を放り出すなよ。
総理以前に、政治家だろうが!!!

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赤ちゃんポストに思うこと

http://www.mainichi-msn.co.jp/shakai/wadai/news/20070912k0000m040154000c.html
      赤ちゃんポスト:障害児預けたが、思い直し引き取る


慈恵病院が赤ちゃんポストを設置する
と言い出した時に出た賛否両論。
それは今もさほど変わっていないと思う。
赤ちゃんポストに賛成する人も、それは
"子の福祉"と"乳幼児の生命保護"は
倫理よりも何よりも優先されると考えるからで
赤ちゃんポストを、積極的に
「それはいいことだ!どんどん推奨しよう。」
という人は、まず居ないのではないか。

今回のこの赤ちゃんは
赤ちゃんポストが無ければ
この世に既になかった命なのでは?
と考えると、その意味は大きく、ますます悩みは深くなる。
よかったよかったと喜ぶ気持ちには
到底なれないのである。

本当に良いのだろうか?
本当に赤ちゃんたちのためになるのだろうか?
やはり捨て子の助長になるのではないか?
そういった疑問を私たちは拭うことは出来ないし
設置して行く上で、その疑問を常に頭に置きつつ
私たちは運用していかなければならないのだと思う。

社会は迷うことで成長し、
議論することで発達する。
迷うことなく進んではいけない問題が必ずある。
それは命に関わる問題である。

赤ちゃんポストに預けられ成長した子どもたちが
自分たちの生命を喜ぶことが出来る世の中であるか
そうできる社会であるか
私たちは彼らに問いかけられている。
「君たちの命のために何が必要か迷っています。
君たちが大切です。」
と、伝えることが、彼らをポストに入れることにした
私たちの責任ではないだろうか。

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September 01, 2007

競歩 誘導ミスに学ぶことは…

http://newsflash.nifty.com/news/tu/tu__yomiuri_20070901ie08.htm

世界陸上での日本人の成績は、
非常にふるわないものとなっている。
期待どおりの成績を出せない彼らの苦しみは
どれほどのものだろうか。

そんな中、競歩という種目で 
入賞の可能性が最後まで残されていたにもかかわらず
なんと、係員の誘導ミスにより
「棄権」 になってしまったのは、
山崎勇喜選手である。 

競歩の距離は50km。
今回のコースの場合、約48km地点、競技場手前で
右に曲がる前に、選手は直進し、
残り2kmを1周。また競技場前に戻ってくる。
そこを今度は右に曲がって競技場に入り、
そのままゴールとなるのだが
係員が間違って、まだ1周していない山崎選手に対し
右折するように指示したのだ。
48kmもの道のりを歩き、
ゴールだけを目指してきた山崎選手であったが
その記録は なし となってしまった。
オリンピックの選考がかかった大切な試合であった。

さて、ここで陸上に全く素人の私には
2つの疑問が湧く。 1つは、
競技場をあと何周かさせるという救済法はなかったのか?
ということ。
間違って競技場に誘導してしまったなら、
競技場内で帳尻を合わす方法が取れなかったのだろうか。
誰かが急遽、「お前はまだ2km残っているんだぞ!」と
教えてあげたら、それも可能だったような気がするのだが。

もう1つは、
誘導ミスは起こるべくして起きたのでは?ということ。
競技場前には、
まだ1周していない選手と、
既に1周終えて戻ってきた選手が混在しているわけで
その選手たちの誰を右側に誘導するべきか、
係員には瞬時の判断が求められることになる。
4~5人ならともかく、
何十人もの選手が行き来するのだから
係員が混乱したとしても、
当然のことなのではないか。

事前にコースは分かっているわけだから
コーンなどで円を描くように、
強制的に直進する選手と右に曲がる選手を
分離できなかったのだろうか。

人間にはミスがつきものである。
しかし、回復できないようなミスもあって
山崎選手に対し
「また次もあるよ。次にがんばれよ。」と言うのは
あまりにも過酷である。
そしてそれによって受ける影響は、
山崎選手のみならず、ライバル選手にも及ぶのである。

スポーツをすることで、
世の中のグレーゾーンを知ることになるようなシステムは
誘導ミスよりもあってはならいし、
今回のことが、その一因とならぬことを願っている。

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