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September 12, 2007

赤ちゃんポストに思うこと

http://www.mainichi-msn.co.jp/shakai/wadai/news/20070912k0000m040154000c.html
      赤ちゃんポスト:障害児預けたが、思い直し引き取る


慈恵病院が赤ちゃんポストを設置する
と言い出した時に出た賛否両論。
それは今もさほど変わっていないと思う。
赤ちゃんポストに賛成する人も、それは
"子の福祉"と"乳幼児の生命保護"は
倫理よりも何よりも優先されると考えるからで
赤ちゃんポストを、積極的に
「それはいいことだ!どんどん推奨しよう。」
という人は、まず居ないのではないか。

今回のこの赤ちゃんは
赤ちゃんポストが無ければ
この世に既になかった命なのでは?
と考えると、その意味は大きく、ますます悩みは深くなる。
よかったよかったと喜ぶ気持ちには
到底なれないのである。

本当に良いのだろうか?
本当に赤ちゃんたちのためになるのだろうか?
やはり捨て子の助長になるのではないか?
そういった疑問を私たちは拭うことは出来ないし
設置して行く上で、その疑問を常に頭に置きつつ
私たちは運用していかなければならないのだと思う。

社会は迷うことで成長し、
議論することで発達する。
迷うことなく進んではいけない問題が必ずある。
それは命に関わる問題である。

赤ちゃんポストに預けられ成長した子どもたちが
自分たちの生命を喜ぶことが出来る世の中であるか
そうできる社会であるか
私たちは彼らに問いかけられている。
「君たちの命のために何が必要か迷っています。
君たちが大切です。」
と、伝えることが、彼らをポストに入れることにした
私たちの責任ではないだろうか。

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Comments

赤ちゃんポスト・・・。

そのポストに入れられるべきは、赤ちゃんでは
なく自らの子どもを委ねようとする母親の心。

顔も名前も知られる事なく、その親は最愛で
あるはずのわが子をポストに託す。

そんな親たちの姿に戸惑いながらも、この世に
生まれ出た小さな生命 (いのち) を守らんとする
その思いを具現化したモノが「赤ちゃんポスト」
であるならば・・・。

ポストは、子どもではなく手紙を入れるべき
モノであり、その親に、自分を示し、子どもと
共に暮らすために自分の思いを手紙に託して、
ポストに向かう勇気を願いたいのです・・・。

Posted by: 穀物。 | September 20, 2007 at 11:55 PM

そうですね。
でも、今実際に 虐待やネグレクトによって
消えてゆく幼い命があります。
赤ちゃんを「ゴミ箱に捨てる」ような気持ちで
置き去りにするにしても
ゴミ箱ではなく、赤ちゃんポストに入れてくれたら
確実に救われる命があります。
あなたがどんな親でももう構わないから、
どうか、ポストまで連れてきてあげて!
と、私は思います。


Posted by: 管理人 | September 22, 2007 at 12:36 AM

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