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March 30, 2008

父の味 わが家の味

今日は午前中、
母が買い物に行っていなかったので、
父と2人で昼食を摂ることになった。
父が煮麺を作ってくれると言う。

父のふるさとは奈良である。
関西の人は、関東の人より素麺が好きだと感じるのは
気のせいだろうか。
加えて父の場合は、義妹の実家が
三輪そうめん農家だということも大きいのだろう。

父は私が小さい頃から、素麺や煮麺を自分で作って
得意そうに家族に食べさせていた。
我が家の夏の日曜は素麺と決まっていて、
朝から毎日大騒ぎ。
それは20年以上経った今も変わっていない。
その度に台所を占領し、食材や調味料の採算など度外視、
作るばかりで後片付けはしない父。
母は時には腹も立つようだ。
しかしこれはもう止められない。
父の趣味・・・。生きがい・・・。


素麺というと必ず思い出すのは、
中学1年生の夏休みだ。

私は大きい手術をして、一時は生死の境を彷徨ったが
無事に 病室でテレビを見たり物を食べたり出来るまでに
回復した。
しかし、水分制限と 油分の制限があり、
大好きな牛乳はダメ、お茶は薬を飲むときだけ、
病院食のサラダには塩しか付いてこない、
という状況で、
かなりのストレスが溜まっていた。

そんな時、父が 当時流行り始めたランチボックスに
冷たく冷えた素麺と、ネギとシソと、
冷たく冷えた素麺のつゆを持って
見舞いに来てくれたのだ。
家に居る時には特に感じなかったそのおいしさに感動し、
つるつると際限なく食べ続けた。
母が「お父さん、朝から一生懸命 
出汁取っておつゆ作ったんだよ。
冷えたの持っていってやろうと思って。」
と言ったのを覚えている。
その時には、そのありがたみを
本当には感じていなかった気がする。
久しぶりに美味しいものが食べられた、
という喜びのみだったろうか?

本当のありがたみは、いつというより
成長するうちにだんだんに分かっていった。
家族で食卓を囲み、しつこいように毎週素麺を出され、
そして自分があの素麺の何に感動したのかが・・・。

「明日で地球が滅亡するとしたら、最後に何を食べたい?」
という質問を時々、テレビなどで見るけれど
私の答えは15年近く変わらない。
母の作ったビシソワーズと、父の作った素麺。
2つはズルい??

ちなみに、今日の父の煮麺は
味が薄く ネギが固く しいたけの味もいまいちだった。
実は全部自分で作っているようで
毎回相当 母のフォローが入っていることが本日判明!
でも誰も指摘しない。
プライドの問題は、味の問題より大きいから。


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March 26, 2008

ぐるっと方向転換

2008年3月25日、ついに私は
「学生もどきのニート」から、
「完全なるニート」になった。

3年生から編入なのに、
なぜか5年も在籍した通信教育制の大学を
卒業するしたのだ。
出来が悪すぎて、
同じ年に入学した仲間のほとんどは先に居なくなり
同級生からいつの間にか先輩になった友人や
2年も後に入学した同級生に
(言っていることがメチャクチャ)
励まされながら続けた5年間だった。
家族や、パートナーの励ましも心強かったことは
言うまでもない。

みんな、本当にありがとう。


このブログは、私が通信教育で法律を学ぶかたわら、
教科書や六法から離れた日常からも
法や道徳に目を向ける機会にしたいと思い始めた。
しかし私には荷が重く、
自分の頭も心も強かに鞭打つ結果となったようだ。

これからは、日常に起きたことや感じたこと
そしてこれまでのように 
法や道徳に関連して思うことなど
気楽に書いていきたいと思う。

もう、学生ではないのだから
勉強しなくて大丈夫。
そして違う勉強が必要なんだと思うから。

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March 04, 2008

カズくん、映りたかったですか?

今朝、情報ニュース番組を見ていたら、
19:00~から放送される番組
『小さな生命スペシャル
“愛してるよ カズ”君はママの宝物でした
~小児がん・涙の全記録~』
のダイジェストを放送し始めた。
7歳の小児ガンの少年の、最期の2ヶ月を
その死の瞬間までドキュメントしたものだ。

危篤になり、両親が「愛してるよ」と話しかけると
朦朧とする意識の中で「オレも」とやっとのことで応える。
けれども数時間後には、心臓マッサージの甲斐もなく
両親の腕の中で亡くなってしまった少年。

涙が止まらなかった。
彼がかわいそうでならない。許せない。
それが私が強く感じたことだった。

死は、人にとって一番デリケートで神聖なものである。
それを、テレビカメラにおさめ、全国放送することは
死者に対する冒涜であると、
私の理性ではなく感情が感じる。
それでも、それが大人の患者で、自分で選んだことならば
「私とは考えが違う」
ということだけで、特段何も感じなかったのかもしれない。

しかし彼はまだ7歳。
生き方や死に方を選択するだけの力もなく、
ただ必死に病気と闘い、
家族を愛する毎日をおくっていただけなのだ。

彼の両親が、なぜ自分たちの子の
死の瞬間の撮影を許可したのか

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